りけイノシシのweb武将名鑑

武将や、武士の時代の戦いについて紹介するブログです。日本史の面白さが伝わるような活動を心がけます。

長島侵攻:戦いで読み解く戦国史

長島は、織田信長の侵攻を何度も阻んだ場所として知られています。長島一向一揆が織田信長の侵攻を何度も阻むことができたのは、その地形に一因があります。ここでは、織田信長の長島侵攻の経緯を説明しています。

槇島城攻め:戦いで読み解く戦国史

槇島城攻めは、足利義昭が織田信長に再度敵対を表明して起きた戦いです。足利義昭は、槇島城が堅牢な城だと考え籠城しました。ここでは、槇島城攻め前後の情勢を含めて解説しています。

南伊勢攻め:戦いで読み解く戦国史

南伊勢攻めは、南伊勢一帯に勢力を築いていた北畠氏を織田信長が攻めたことにより生じた一連の戦いのことです。織田信長は、南伊勢の北畠氏を滅ぼすつもりだったようですが北畠氏の抵抗に遭います。

二条城攻め:戦いで読み解く戦国史

二条城攻めは、織田信長に対して敵対を表明し和睦を拒否した足利義昭が、居城の周辺を放火された戦いです。二条城攻めの経緯とそれに至るまでの情勢、以後の情勢まで含めて解説しています。

石山砦・今堅田砦の戦い:戦いで読み解く戦国史

石山砦・今堅田砦の戦いは、足利義昭と織田信長の争いの前哨戦という立ち位置の戦いです。両者の領土の境に位置する近江志賀郡を巡る戦いでした。前後の情勢変化も含めて戦いの行方を解説しています。

小谷城・一乗谷攻め:戦いで読み解く戦国史

小谷城・一乗谷攻めで滅ぼされた大名が、朝倉義景と浅井長政です。ここでは、小谷城・一乗谷攻めについて図を用いて。前後の情勢変化まで簡単に説明しています。当初は小谷城の包囲戦から、両者が滅ぶに至った経緯も説明しています。

比叡山延暦寺焼討事件:戦いで読み解く戦国史

比叡山延暦寺焼討事件は、織田信長が仏教嫌いであることを示すための例として語られることが多いです。しかし、この解釈は誤りです。ここでは、比叡山延暦寺焼討事件の真相について前後の情勢ともに紹介しています。

志賀の陣:戦いで読み解く戦国史

志賀の陣は、織田信長が長期間に渡って、浅井長政・朝倉義景・比叡山延暦寺と対峙した争いのことを言います。超期退陣をしたにもかかわらず、両者とも決定打に欠け引き分けに終わりました。

野田・福島の戦い:戦いで読み解く戦国史

野田・福島の戦いは、三好三人衆が摂津の池田城の調略が成功したことを機に、阿波から摂津に渡海したことで生じた戦いです。織田信長が苦杯を舐めた戦いのひとつとして有名です。

姉川の戦い:戦いで読み解く戦国史

姉川の戦いは、織田信長が徳川家康の援軍とともに、浅井・朝倉連合軍に勝利した戦いです。以前は、姉川の戦いの勝利の立役者は徳川軍と言われていましたが、現在では織田軍の活躍について再評価されています。

金ヶ崎の退き口:戦いで読み解く戦国史

金ヶ崎の退きの口は、織田信長が浅井長政の裏切りにより、越前から撤退することにより生じた戦いです。また、戦国史の中でも見事な撤退戦として知られています。ここでは、金ヶ崎の退き口の前後の情勢も解説しています。

三好三人衆との戦い:戦いで読み解く戦国史

三好三人衆は、織田信長が足利義昭の上洛を支援した直後に戦った三人の武将です。足利義昭が上洛するまで京を効支配していたのが、三好三人衆でした。織田信長と三好三人衆の戦いを紐解くことで前後の状況について見てみましょう。

織田信長の上洛戦:戦いで読み解く戦国史

織田信長は足利義昭の要請に応じ上洛を支援します。足利義昭の上洛を実現させるために織田信長が行った戦いが、上洛戦です。上洛戦では抵抗勢力である六角承禎・義治父子を南近江から追放しました。

忍城攻め:戦いで読み解く戦国史

忍城攻めは石田三成が水攻めに失敗した戦いとして広く知られています。しかし、実際は水攻めにすることを決めたの違う人物だったと言われています。ここでは、忍城攻め前後の変化について紹介しています。

北伊勢攻め:戦いで読み解く戦国史

北伊勢攻めは、織田信長が北伊勢に侵攻することで生じた一連の戦いのことです。北伊勢攻めに含まれる一連の戦いを追っていくことで、当時の北伊勢の情勢や織田信長が北伊勢攻めを行った意図を推測できます。